2015年2月23日月曜日

#062 福岡レポート 1日目


友人たちが福岡に行くというので、なんとなく便乗して、ふらりと福岡に行ってきた。

福岡は、15年くらい前に一回出張で日帰りしたことがあるだけで、夜にキャナルシティの横をタクシーで通った記憶がうっすらあるくらい。

だから是非、ゆっくり行ってみたいと思ってた。

直前までかなり大忙しだったこともあり、福岡ではのんびりしようかと思っていたけれど、まぁ、そんな風にいくわけもなく(笑)

夕方東京を飛び立ち、8時前に福岡入り。



空港から、友人たちが既に飲み始めているお店に電車で直接向かう。

事前に噂を聞いていたお店だ。

「老夫婦がやっていて、その熟成感がハンパない。あと唐揚げがハンパない。」という。

楽しみにせずにはいられるか。

いそいそとお店に着いた。その名は「はこざき」。



渋すぎるお店。大学の近くにあるので学生が多め。

安くて、うまい店とはまさにこのことです。

竜田揚げのような、美しい衣のから揚げはこちら。

一枚まるっと揚げてから、切っている、スライス系から揚げ。




他の小料理も、美味しくて。



お店にいたのは熟成老夫婦のみならず、留学生系の若い女子も。

ベトナム出身のヘンちゃんの拙い日本語とはにかみ笑顔が、とってもかわいかった。


私がお店に遅れて着いたときにはすでにハンちゃんの魅力にデロデロだった、AさんとMくんとTくん。

ここに私が入る隙間はありませんでした(笑)。



この後は、Aさんが教えてもらったという西中洲のバー「新川コテージ」へ。




36歳の舌ったらずの女性バーテンダーが基本一人でやっているというお店。



隣の席の客も含めて、やいのやいのと陽気に飲むにはいいお店ではないかと。

個人的には、ガールズバー感覚。

その後にもう1軒、すぐ近くにあったMくん(のお兄さん)オススメのバーに。


「俗人間」かと思ってたら「続人間」だったよ。いわゆる、ほんとの、バーでした。

そういえばどういう意味なんだろう。聞けばよかった。

ジントニックが美味しいらしいんだけど、ジンが薬臭くて飲めないタチなのでMくんのを一口もらう。

確かに(ジンにしては)飲みやすい!

軽く1杯飲んで、まぁ、初日の夜は終えたのでした。


#063 福岡レポート 2日目に続く。

2015年2月10日火曜日

#060 考えるな、肌で掴め。

「気になる異性の仕草やパーツ」

そんな話をたまにすると、面白い。


女性だったら、よく言うのは

”スーツ姿の男性がネクタイをゆるめる感じ”

”腕まくりしたシャツから見える筋がたった腕”

”運転しててバックするときに助手席のヘッドレストに手をやる、その感じ”

”三角筋”

とかとか。


男性だったら、よく聞くのは

”ロングヘアの髪の毛を結わえる時にヘアゴムを口にくわえるところ”

”ちょっと首を倒して髪を耳にかけるさま”

”スカートとロングブーツの隙間から見える肌”

”しゃがむ時に、足を揃えてちょっと斜めにしゃがむ”

とかとか。



こないだ、これは!!!と思ったことがあった。


「女性のストッキング・タイツは何デニールがセクシーか」

という話になったとき。



その場にいた人のほとんどが”20デニール”だった。

肌色が透けたその感じがセクシーだと、私含めてその場にいた女性も男性もそう思ったものだ。

そこに勇者が現る。


「俺は50デニールだね」

皆、なぜだろうと訝しがる。「なんでなんで?」

「50デニールだと膝のところがより透ける感じになって、そっちの方がセクシー」





やられたよね。さすがですよ。

ディスりでも揶揄でもなく、この感覚は上級者だ!とリアルに思ったわよ。

膝小僧の肌色感に美を見出すって、なんなら、ちょっと粋だもの。


この手のニッチな上級ニュアンスを【56デニール(ゴロデニール)】と名付けようと思います。


私もこの56デニール感覚を養いたい。

広告の仕事とかやってる人間として、「そうくるか!」っていう意外性かつ共感性のある目線には嫉妬すら覚える。

人が潜在的に対象物に対して(よく)思う”インサイト”を考えるって、実は広告にはすごく大切なことだったりする。

「an・an」で”得意料理は海老のかき揚げ”とか言って満足してる場合じゃない。

もっと気の利いたことを言えるセンスが欲しいわ、ほんとに。


2015年2月8日日曜日

#059 ちょっと好きだと過去を偽りたくなる。本当に好きだと全部話したくなる。



近頃漫然と考えていること。


人は、食べものや飲みものを摂取して日々新しい細胞を作っていく。

人間は60兆個の細胞でできていて、新陳代謝によってすべての細胞は2か月で入れ替わるという。

一方で、人の固有な情報はDNAとして細胞に刻まれている。

人がその人でいられるのは、DNAのおかげである。


人と人との関わりって、これに似ていると思う。


小学生の時は、地元の友達との世界がすべてだった。

中学・高校は、私立に通ったせいもあって、住んでいる場所というよりは部活やクラスの仲間がすべてだった。

大学に入ったら、学校やバイト先の趣味や興味でつながる友達とつるんでいた。

社会人になって、仕事以外でも仲良くできる先輩や同期と遊ぶようになった。

一生に知り合う人間の数は数多いて、その時々の社会生活や住んでいる場所によって大きく影響を受ける。

10年前のアドレス帳から何の変化もない人なんて、いない。

だけど、10年前から変わらず残っている人もいるのは事実。

人との付き合いは、関係性を構築する中で研ぎ澄まされながら、新陳代謝とDNAの伝達を繰り返していくのだと思う。


30前に代田橋で一人暮らしを始めるようになった。

CHUBBYという地元のカフェに行くようになって、初めて”常連”というものになった。

夜遅くに帰ってきて、ひとりごはんでも気軽に行けるお店があれば、と通い始めたのだけれど、

そこで知り合う人たちがわりと同年代の人が多かったことや、

趣味興味や仕事も共通点があったせいもあって、

自分の生活の軸になっていった。

3年前に仕事の都合で代田橋からは引越してしまったけれど、いまだに頻繁に行っていて、

自分の生活の基盤の一部が代田橋にあることを再認識する。

30代は、CHUBBYを中心に代田橋から培われた人間関係に支えられてるなと思うわけなんです。


この先に劇的な生活の変化があるかどうかわからないけれど、

新陳代謝の頻度は少しずつ長いスパンになっていって(でも老化ともちょっと違う)

DNAに刻まれる情報が多くなってる、そんな気がしてる。


今の仕事は、波がありながらも忙しいときは本当に忙しくて、

人生80年だか知らないけどその半分を迎えようとしているのに

会社に3泊4日とかしている今日この頃で、

10年後にも同じ生活がしたいかというと、したくないなと思ってしまうわけで。

仕事は当然キツイこともたくさんあるけれど楽しいと思う局面ももちろんあるので、

誰か食べさせてくれる稼ぎのいい旦那さんと結婚して今すぐ仕事やめたいとか別に思わないけれど、

ワーク・ライフバランスがちょっと崩れているなとは感じるのです。

仕事におけるアウトプットが続く毎日ばかりだと

仕事以外の日々の生活から受けるインプットが少なくって

なんだか自分自身が枯渇していくような、そんな気分になったりする。

だから、代田橋に息抜きに行って、いろんな話をたくさんしたり、逆になんの話もしないことで、

自分というものを保っている気がしてる。


仕事が忙しいと、「ワーク」と「ライフ」の「ライフ」の方で時に孤独感や疎外感を感じて

自分の”居場所”がわからなくなることがある。

そんな時に、代田橋の友達たちに会うと、安堵する。

あと、社会人になってすぐの頃からもう15年以上可愛がってもらっている先輩たちと過ごす時間。

これが私に安心感を与えてくれる。

(もちろん、家族や、それ以外で知り合った人たちの中にもそういう人はいる。)



これからも、たくさんの出会いを重ね、多くの人と知り合いながら、人間関係の新陳代謝は行われていくのだろう。

でも、私のDNAに刻まれた人たちとの関係性は、これからもずっと大切にしていきたいし、更に育てていきたいなと思う。




2015年2月5日木曜日

#058 近すぎて見えなかったものも遠ざかる時初めてその形がよくわかる

今年に入って、いい出会いをした。

ほとんど成熟したと思っていた世界が、更に広がった。

頭がボカーーンっとやられたような衝撃もあって

とにかくとても楽しくて居心地よくて。

とても真面目なことを延々と議論したりバカ話に興じてみたり

この期間、連日遅くまで頭をフル回転させてたりして実は結構体力的にハードだったけど、

でも逃さずにはいられないって思った。

気づいたら、普段より多くのありがとうの言葉や笑顔が出ている自分もいて

なんだか驚いたし気恥ずかしかったし。



2週間足らずのこの時間が楽しすぎて、興味深すぎて、

自分でもびっくりするくらいにその後の日々は余韻に浸ってる。

得難い出会いをさせてもらったなぁと、思う。



ここ半年くらい、人間関係の作り方とか、人との距離の取り方など

いろいろ考える場面があって、自分なりに思うところがあった。

そんな中、この人は、良くも悪くも(悪いわけではないんだけど)一石を投じてくれた感じ。

静かな口調で説得力ある話をしてくれて更に確信を得ることもある一方で

自分の中で出していた結論めいたものがひっくり返されるようなこともあって

あぁ、この歳になってもこういう人と出会えるっていいものだなと。




ほんとにほんとに、天野さんは素敵なひとでした。

これから、またみんなで手をとりあって色々なことをするのが愉しみだな。






2014年10月23日木曜日

#057 瞬く光

色気のある言葉を放つ人に出会うと惹かれてしまう。

形には見えなくとも、ふんわりと香る感じが。



2014年9月22日月曜日

#056 振り向くな、振り向くな、後ろには夢がない



この世でいちばん遠い場所は 自分自身のこころである。(寺山修司)



ああ、なるほど、そうだな。

たぶん、いま、そういうことなんだろう。

2014年8月24日日曜日

#055 いくつになっても


父が齢70にして新しく事務所を開いた。

長年の夢だったらしい。

兄も同じ職業であることから、ゆくゆく独立を考えている兄の為でもあったと思う。

でも、何十年と公務員として仕事をしてきて、リタイアした後も半官半民のような仕事をして、

そして今、新しい肩書きで仕事を始めて夢を叶えている。


娘の私から見たら、どちらかといえば無口で愛想も良くはなく、仕事人間の堅物というイメージ。

いかにも公務員にふさわしいと、勝手に思っていた。

父も自分の性分をわかっていて、公務員という選択肢を選んでいたようだ。

でも、ずっとやりたい仕事があって、夢を温めてきたということは、全く知らなかった。

事務所を開くにあたっていろいろと準備を手伝っていた母や兄いわく、

やりたかったことをやれることになって、今、とてもイキイキしているという。

喜ばしいことだし、私も嬉しい。

でも何よりもその心意気が、素晴らしいと思った。


最初は赤字経営だろうし、どこまで続くか分からないけれど、

儲けるのではなくて「人を助けたい」という気持ちで、仕事をしたい。

そんなことを考えている父を、とても誇らしく思う。